2017-09-17 Sun
タイへの旅を思い立ったのは、台湾から帰国し成田空港から自宅へ向かう電車の中であった。なぜタイに決まったのかはわからない。
まるで工場の生産ベルトのように秒刻みで整然と運行されていく鉄道ダイヤと、取り憑かれたようにスマホを見つめ続け運ばれていく人々を見て、混沌と混乱に満ちた喧噪の街中で、香草やスパイスの匂いやお香の煙がこんがらがった土埃の舞う風を受けたいと感じたかったのかもしれないと分かったのは、タイから帰国した電車の中である。
台湾の旅から約一ヶ月後、MAME一行はバンコクへと旅立った。
今回も台湾と同様に格安航空券を予約して、ネット上で事前チェックインを済ませておいたので、素早く搭乗手続きを終えることができた。
チェックインカウンターで前に並んでいた客の女性は、肩幅の広さから見ておそらくニューハーフではないかと我がニューハーフレーダー(以下NHR)は反応していたのだが、手続きのやり取りの声色からNHRの感度に狂いはないようであった。
超過になった荷物の重量を連れの者とシェアしたいのだが、その連れが遅刻している様子で、もの凄い剣幕で電話をかけている。
「てんめなにしてんねん、はやっくこいやあぼっけ!!」等、男性としての自我を再認識するかのようにドスの利いた声で罵っている。
程なくすると、付き人っぽい冴えない坊主の男が現れ、ニューハーフ氏の横でうろたえた目をしながら立ち尽くしていた。
タイはニューハーフが大勢いる都市なのでショーに出演しに行くのであろうか。
結局、超過料金3万円ほど徴収されるようであった。
おそるべしLCC。
彼らの旅の成功を祈る。
事前にネットで搭乗する格安航空会社の評判を見ていたところ、やれ機内が狭いだの、エンジンから不快音MAXの轟音が聞こえるだの、過去に空中分解して墜落したジェットは実はハイジャックされて米軍基地へ突っ込もうとしたところ軍のステルス戦闘機で撃ち落とされただの、不安をかき立てる記事のオンパレードであったが、実際のところは至って快適な空の旅であった。
日本時間で九時過ぎに出発し、タイのドンムアン空港に午後二時前に無事到着した。
入国審査を通過し、空港の入り口あたりで立ち尽くしていると、タイ人のおばはんがやってきてどこに行きたいのかと尋ねてくれる。
今回の旅の拠点はバンコクのカオサンロードに近いゲストハウスである。
われはカオサンロードに行きたいのである、というと4番のバスに乗れという。
しばらくすると、これ半世紀くらい前に納車されたんじゃないか、というようなオンボロ4番バスがやってきて、それに乗車した。
よく整備されておらず部品がかみ合っていないのか、アクセルとブレーキを踏み替えるごとに異なる奇怪音を発しながらも、何とか出発し、高速道路に入った。
しばらく走っていると、バス停もないところで急にバスが減速し停車した。
何事かと思っていると、後方から道路脇を歩いてくる一団が見える。
どうやら先に走っていたバスが故障してしまい、こちらに乗り換えてきたようだ。
車掌のおばはんが、ようこそ私たちのバスへ!とばかりに乗り込んでくる客たちに対して満面の笑みを浮かべて迎えている。
乗り込んできたヨガマットを携えた白人男性は暗い顔である。
我らが4番バスの無事を祈りながら小1時間ほど走ると、スマイルおばはんがカオサンロードに着いたことを知らせてくれる。
どうやらバンコクの旅と人生の旅を同時終了しなくて済んだようだ。

「オンボロバスからの風景 写真がソフトな光彩なのは画像編集効果ではなく窓ガラスの汚れによるもの」
カオサンロードは世界中のバックパッカーが集まる多国籍ロードである。
通りを歩くと欧米人、特に白人がたくさん歩いている。
通り沿いには、カフェ、レストラン、マッサージ屋、服屋、ゲストハウスなどが軒を連ねており、どの店からもロックやレゲエ、クラブミュージックなどがガンガンに聞こえてくる。
今回の宿はこのカオサンロードの1ブロック隣にあるサワディーハウスというゲストハウス。
チェックインカウンターではニコニコスマイルのバンコクガールが対応してくれる。
先ほどのスマイルおばはんもそうだが、タイ人女性はスマイルを絶やさない。すてきな国民性だ。
チェックインを終え、階段を上り3階の部屋へ案内される。
部屋の中は、まずまずきれいである。シャワーとトイレはユニットだが、お湯もしっかり出るしゴキブリご一行も滞在していない模様。
ひとまず安心し、荷を降ろして一息つく。
旅の初日といものは、自分ではあまり動いていないと感じても、存外、乗り物の移動で体に負担がかかっているものだ。

「カオサンロードにて 日泰競演パフォーマンス」
とりあえず早めの夕飯をとり明日に備えよう、ということで事前に目星をつけていたビーガン料理店へ出向く。
カオサンロードを抜けて2~3分ほどで目当ての店を発見。
緑を基調とした内装で、ドアや壁がなく広いテラスにテーブルと椅子が並べられている。
開放感があってよろし。

「ハートなんですよ要は ハート」
とりあえず、タイといえばパッタイであろう、そして暑い国といえばココナッツジュースであろう、という品行方正な日本人の思考回路を備えた愚生は、迷わずそれを注文した。
結論から言うとそれは正解であった。
パッタイにはモッチリした麺と一緒にこりこりのナッツがちりばめられており、ヤングコーン、トマト、人参などの炒め野菜がモリモリ入っている。
ココナッツジュースは、実をくり抜いたものに、そのままストローとスプーンを添えて出してくれた。
台湾と同様に、ここでも太れそうだ。

「ベーガンパッタイ うまし」

「ココナッツジュース ギンギラギンにさりげない眼差し」
BMI指数を上げることは、愚生の旅のミッションの一つでもある。
お腹も満たされ、ふらふらとゲストハウスに一旦戻った後、一階にあるレストランでChang Beerで乾杯。

「瓶のロゴにゾウさん ゾウさんは素敵だ」
ようやくはるばる遠い所へきたんだな、という感慨になる。
レストランでは、音楽を始めた高校生時分によく聞いていた60〜70年代の古き良きロックが丁度良い音量で流れている。
そのころ本で読んだ沢木耕太郎氏の「深夜特急」を思い出す。
アジアからヨーロッパまでを放浪した著者の自伝的物語を読みながら、まだ見たことのない国々の遠い空に想いを馳せたものだ。
「アジアを旅するなら、まずはカオサンに行けばいい。」
程よく酔っぱらったところで、空飛ぶゾウと戯れる夢でも見たいぬ〜んと期待しながらふらふらと3階の寝床に帰る。
まずは順調な滑り出しである。ぬい~ん。