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■プロフィール

MAMEFUTATSU

Author:MAMEFUTATSU
TORU(Vocal/Acoustic Guitar)とARISA(Piano,Keyboard/Chorus)による音楽グループ。

2015年7月、結成。
2016年9月、初音源集「SOUNDSCAPE」を発表。
2019年2月、2st「I Will Never Die」を発表。
2022年11月 3rd「Country driver」を発表。
全作品はitunes等各配信サイトより配信中。

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ホイアン紀行文(5日目)
目が覚めると、清掃車が懐かしい雰囲気のメロディーを流しながら前の通りを走っていく。
起き抜けにマイクを持ち出して音を収録。
さて、一仕事終えたら例の如く朝マックならぬ朝バインミーである。

フラフラと20分ほど歩き、お店に到着。
バインミーとフルーツジュースを注文する。
ちなみにバインミーの値段はお店にもよるが、屋台で食べるなら150円ほど、観光客向けのレストランであってもせいぜい400円くらいのもので、リーズナブルである。
この店は小さい鉢に入ったチリソースがついてきて、好きなだけかけることができる。
お店によって辛さの差はあるが、日本人でもそれほど辛くないレベルだ。
毎日食べ歩いたり音を録ってばかりで、観光客らしいスポットに行っていなかったので「今日は一日観光でもしましょうか」ということになった。

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「食べながら後ろの人のバインミーに目を移す人」

ホイアンには日本人橋という、朱印船で貿易を行っていた日本人が16世紀頃に建設した橋がある。
のちに19世紀初頭に再建されたものが現在残っている橋なのだが、目下工事中である。
数年前に来た時には、さほど大きくはないアーチ状の古風なその姿を見ることができたのだが、行ってみると工事建屋に覆われて外からは見えなくなっている。
残念なその姿を見て諦め、ホイアン市内にある複数の観光スポットのうち、5か所に入れるという観光チケットを街角にあった観光案内所で購入する。
ホイアンの人達は顔立ちが日本人に似ていると言われていたりするそうで、実際に歴史的な交流もあることから、我々に好意的な態度を見せてくれることが多いのだが、この観光案内所の女史は不機嫌で甚だ素っ気ない。
面倒臭そうにこちらに無言でチケットを差し出し、一瞥もくれることは無かった。
「人というものは、その日その時その瞬間で善人にも悪人にもなり得るものである。それはいかに山深き秘境に住む世捨て人のような者おいても例外ではない。いわんやこの女史においてはかくの如し。」と孔子あるいは老子っぽい考えを巡らせ己を納得させ、その場を去った。

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「チケットと一緒にもらったパンフレット、随所に不思議な日本語がある」

その後、朱印船貿易時代の陶器の博物館や民族資料館などを回った。
とりわけ面白かったのは、100人程度が入れる劇場での音楽と踊りのショーであった。
円形のステージに急勾配の客席がぐるりと囲んでいる。
そこでホイアンの伝統芸能が30分ほど行われたのだが、見慣れない弦楽器を巧みに操る奏者に合わせてコミカルに舞う踊り子が愉快だった。
あとで調べたら見慣れない弦楽器はダン・バウというもので、竹やココナッツの殻に弦を張って出来ているらしい。
ショーに出演しているのは大体20代~30代くらいの若い奏者や踊り子なのだが、最後のほうで大御所らしき70歳前後のおばちゃんが顔におしろいを塗り目元を赤く化粧して、昔の男性の戦士のような出で立ちで剣を構えて登場し、やや鼻にかかった甲高い声でその剣を振り回しながら舞い始めると、客席が明らかに動揺し始めるのが感じられた。
白人が多かったのだが、この杜子春のような人相と世界観を「どう捉えてよいのか分からないヨ!オーマイガー!!」というように、押し殺した笑いが聞こえる。
もしかしたら、ドラッグクイーンやオカマショーのように映っているのではないかと思った。
少なくとも、おばちゃんは女であり男の恰好をしているだけであり、男が女装しているのではない。
我々は大御所のメンツをかけて「そなたと同じく東アジアの民である我々は、そなたの伝統的な舞を風土的、歴史的、スピ系的に魂の奥より非常に理解しており、まったくもって嘲笑などいたしませんぞ」という感じの厳かかつ尊厳のまなざしで最後まで見届け、会場を出た。

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「劇場近くの旧市街の路地裏」

そんなこんなでふらふらしていると、日も落ちてきた。
今日は1か月に一度のランタン祭りの日である。
祭りに合わせてなのか、通りを走るバイクや車も忙しない。
ランタン祭りは、華やかなイメージとは逆で普段きらびやかな電飾を消し、ろうそくやランタンだけで夜を灯すという行事である。
毎日お祭りのようなホイアン旧市街近辺だが、この日はいつもとは違う静けさや落ち着きが町に流れている。
といっても騒がしいミュージックバーなどは相変わらず騒がしくやっているのだが。

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「街路樹に埋め込まれた祠にお供え物とろうそくの灯り」

一度昼間に来たヴィーガンレストランのテラス席でお酒を飲む。
酔いが回ると、何だか日本から何百キロも離れた異国の町に佇んでいることが不思議であり、心地良くなってくる。
周りに日本語を話す人も居ない。
このままずっとここに住んでしまったらどうだろう、というような事を闇雲に想像してみたり。
しかし、旅というものは現実的でない時間を過ごしながら、やっぱり終わりという現実に向かって少しずつ進んでいくものだ。
いつかは帰る。
でもまだその時ではないから、この無責任な心地良さに浸っていようではないか。
それが旅に出た特権である。

最近、思うことがある。
いつかは現実に戻らない旅に出られないかと。
夢心地のまま、戻ってこなくてもいい旅。
心の奥で、もしかしたら誰もが他人に言えないそんな想いを秘めているんじゃないかなと思いながら、帰路に着いた。
5日目、終了。





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旅なんです | 12:35:05 | コメント(0)
ホイアン紀行文(4日目)
少しずつ身体がこの土地に慣れてきた。
今日は8時に起床。
何となく音を録りたくなって、ベットの上で相方に鍵盤ハーモニカを吹いてもらう。
床が大理石で出来ており、反響が独特で良い感じなのだ。
少し窓を開けて外の音も入るようにしてみる。
今回の旅の目的のひとつに、ホイアンの色んな場所の音を録ったり演奏したりして、それを持ち帰って何か形に出来ないかなと考えていたのだ。

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「朝のラフなレコーディング」

今日でこのホテルはチェックアウトし、別のホテルに移る。
次のホテルはプールがあるらしく、物凄い楽しみにしている人がいる。
アットホームな雰囲気のホテルの人達に別れを告げ、一先ず腹ごしらえのためバインミー屋へ向かう。

市街地にはバインミー屋が多い。
我々は肉を食べないのだか、ベジタリアンやヴィーガン専門のバインミー屋さんも複数あり、毎日違うお店へ繰り出しているのである。
看板やメニューにchayと書かれたものは、台湾でいう「素食」すなわち菜食なのだ。
目当てのお店というか屋台に到着すると、おばちゃんが「チリは沢山入れるかね?少しだけかね?まあ少しだけだろうね、あなた達に関しては。」と問いかけと回答を1人で済ませると、パンに具材をせっせと詰めて直ぐに作ってくれた。
「ありがとう、ベトナムの淑女。いつか我らが日出る国、日本に来られた際には、ワサビとカラシというものには気をつけなされよ。いとをかし。」という雰囲気を出しつつ、バインミーを受け取り店を後にした。

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「チリ奉行の淑女」

丁度店の目の前が貯水池になっており、その周りの歩道端で食べる。
「なるほど、先ほどの淑女の絶妙なチリ加減。バインミー作りもベテランともなると人相を見ただけでその人物に丁度良い辛さが分かるのかも知れない。あなや。」と驚嘆しつつ完食。

折角なのでお店が並んでいるその辺の音を歩道を歩きながらマイクで録る。
不思議なことにマイクを持ってうろついていると、あんなにしつこいタクシードライバーや、物売りの人達が声をかけてこないので、嬉しさ半分寂しさ半分である。

その後、今日チェックインするホテルに歩いて向かう途中で食堂に入り、フォーを食べる。
麺がツルツルで美味しい。えのきを揚げたものと、薩摩揚げの形をした恐らく大豆ベースのボール状の揚げ物が入っている。
お店で対応してくれた20歳手前くらいの女の子は日本語を勉強しているようで、「日本語上手だね」というと「まだまだです。」と中々に高度な受け応えをしてくれた。

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「フォー」

店を出て少し歩くと、急に雨が降ってきた。
南国特有のスコールだ。
この辺の人は慣れているようで、バイクに乗っている人は皆いつのまにかカッパを来ている。いつも座席下などに入れておくのだろう。
まあじきに止むだろうと店の軒先で雨音を録音したりしていたら、程なく止んだ。

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「雨宿りさせてもらった軒先にあった看板」

無事ホテルに到着し、プールがあることを物凄い楽しみにしている人がプールの位置を確認したのち、チェックインする。
市街地から少し離れた場所にあり比較的静かだ。
バルコニーがあるのでマイクを立ててみると何やら音が聞こえてきた。
何を売りにきているのかわからないが、後ろの荷台のところに透明のショーケースがついているバイクが、時折目の前の道路を通り、スピーカーから商品名と思われる言葉をおじさんの声で流している。
きっとバイクを運転している齢70歳くらいのおじさんが自ら吹き込んだのだろう。
日本の竿竹売りやちり紙交換のテンションに近いが、それより若干暗めのトーンで、何だかお経のような陰鬱な調子だ。
そんな陰鬱な声で一体何を売りにきているのだろうか、線香や最新鋭の位牌でも売りにきているのか、などと想像を膨らませていたが、後日近くで見てみたら何のことはない、白い饅頭であった。
しかし饅頭であるなら、もう少し明るい感じの声を流しても良いのではないか、せめて若い女子に、そのような知り合いがいなければ姪っ子でもいいんだから、吹き込みを頼んでもう少し陽気な雰囲気を出せば良い、バックにモータウン系コーラスグループのアップテンポな曲がつけば尚良いけれど、技術的に厳しいようならまあなくても良い、でももしかしたら甥っ子のほうがそういうのは詳しいかもしれないから確認してみたほうがいい、そうすればもっと饅頭も売れそうな気がする。
等々、饅頭屋の姪っ子甥っ子を巻き込んだ経営戦略を勝手に練ったりしながら、ベットの上でしばし休息。

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「戦略を練る間に肝心の饅頭屋の声を取り逃がす」

夜になり、穴蔵から抜け出すようにモソモソと動き出す。
夕飯の時間だ。
いつもの通り旧市街地まで向かい、気になっていたヴィーガンレストランに入る。
鶏が放し飼いの庭とテラスが素敵な場所で、バインセオという米粉の生地で出来た円形の薄いお好み焼きのような形をした生地に、野菜や豆など色んな具材を載せて包んだものを食べる。
ベトナムのメジャーな食べ物らしく、街中の屋台でも良く見かける。
他にも何やら美味しそうなメニューが目白押しなので、食べる前からまた改めて来よう!ということになった。
ここはお酒がない健康的なところなので、黙って食事に勤しみ、ホテルの前の食堂でサイゴンを一杯ひっかけて帰宅し、4日目が終わった。

(つづく)


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旅なんです | 08:57:57 | コメント(0)
ホイアン紀行文(3日目)
まだ熱帯気候に身体が慣れていないのか目覚めが悪く、今日も9時頃に起床。
本日の予定は未定である。
というか、何も決めないでここまでやって来た。
敢えて言うならば、旨いご飯を食べに来たのだ。
という訳で、朝ご飯を食べに行くために旧市街地へ向かう。

歩いているとよく見かける光景だか、商店の軒先に椅子とテーブルが並んでいて、そこに男たちが5、6人でたむろし、何事か話し合っている。
平日の昼間であるが、仕事に行くような気配はない。
また裏路地に入ると窓が開け放たれているので中の様子が良く見えるのだが、リビングらしき床に半裸で寝そべりながらおじさんがスマホをいじっている。
その寝そべり方が、必ず仰向けで手足をだらし無く四方八方伸ばし散らかし(こんな表現ないが、正にそのような感じなのだ)、いかにも退廃的かつ堕落的な事この上なく、目撃するとやや陰鬱になるくらいなのだ。
こう書くと、ベトナム人男性は仕事をしないダメ人間みたいだが、勿論そんな事はなく真面目に働いている人も沢山居る。

旧市街地は日中の時間帯は車両通行止になっており、ブラブラ散策するのに良い。
ホイアンの旧市街地近辺にある建物は濃い黄色で塗られており、独特の風情がある。
ホイアンはベトナム戦争の戦火を免れた街で、古い街並みがそのまま残された稀有な場所である。
目に付いたテラス席のあるいい感じのレストランに入って、トマトベースの米麺とココナッツカレーとバインミーを注文。
1日1バインミーである。
海外に行くと米食から遠のいてしまいがちだが、ベトナムは米や米粉の食事が多く有難い。
今まで知らなかったが、バインミーには米粉が入っており、小麦粉とブレンドすることであのモチモチ&カリカリ感が出るのだそうだ。
たらふく食べて一度ホテルに帰る。

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「米麺、色んな料理にバジルとパクチーが大体添えられている」

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「本日のバインミー、厚揚げとソイミート、パプリカ」

ベットに寝そべり、裏路地のおじさんに影響を受けた形で退廃的かつ堕落的な格好でダラダラしている時に、ふと「海行こ」という言葉が相方から出て、それに従わない理由もなく外に出てタクシーを拾い、アンバンビーチという所へ向かった。

10分ほどで到着。
ビーチの近くでタクシーを降ろされ視線を上げると、椰子の木(だと思う)が家々の隙間から覆い被さるように道に突き出し、その影がまるで、極細の筆で緻密な模様を地面に描きつけたかのように落ちている。
その地面の先には、青い海が見える。
「うわー、何ていうかここ楽園じゃん。」
などと、またもや情報操作された日本人的楽園的イメージを鵜呑みにした発言を呟き、夢遊病者のごとくフラフラと波の音に導かれるようにビーチの方へ歩いていく。
道を抜けた辺りには、沢山のパラソルと寝そべることができるイスが等間隔に並んでいる。
白人が多く、各々くつろいでいる。
見渡すと白い砂浜が遠くまで続いており、水中にブイか何かで区画された場所で皆んなが泳いでいる。

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「よくある全然面白くもない構図で撮ってしまうのも、浮かれ気分である証拠」

ワンオーダーの代わりに、パラソルとイス2脚を使って良いというシステムらしい。
マンゴージュースとココナッツジュースを頼み、早速寝そべる。
ホテルから移動しただけで、寝そべるという行為は変わらないのである。
そんな愚生をよそに、相方はいかにも中国人が着ていそうな真紅と紺色のツートーンの水着になって颯爽と海へ向かう。
密かに心のうちで、ここでもラジオ体操をやるんじゃないかとドキドキしていたが、それは杞憂であった。
気持ち良く昼寝したり、浜辺の音をレコーダーで録りながら海の空気を堪能し、夕方になる前にホテルに戻りシャワーを浴びる。

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「ホテルの壁に描かれた絵画の内部に埋め込まれた謎のコンセント、コンセプチュアルアートのようだが狙いが見えない」

少し休憩してから、さて夕飯をどうしようかという段になる。
ここまで来たら、迷うことといえば「我々は何を食べるか?」くらいのもので、ゴーギャンも真っ青である。
しかし、お互いに腹の内は概ね決まっていたよう昨日のレストランへ行こうということで満場一致した。
レストランへ着くと、昨日の純情青少年店長氏がカムバックを喜んでくれた。
昨日とは違う料理を頼んでみる。
揚げ春巻やら、甘辛いタレにナッツがのった餅のようなものやらを注文し、大いに食した。

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「餅のようなもの、小皿に一つずつ小分けしてあるのが可愛らしい」

ラルービアとタイガービアの二刀流で程よく酔い、またもや「いや、やはりあの純情青少年はいいね。アナタもそう思わないかね?恐らくアナタのタイプではあるまいか?そうに違いないであろう。ね。」と確信を持ち問いかけると「否。」との答え。
それを聞き、何故か縁談で事が上手く運ばなかった親戚の叔父のような、やや落胆した気持ちに近い状態になりながら、一体それにしても自分が何故叔父的立場に立ち、やや落胆した心境にならなけらばならぬのかと、自分自身でつくった解せない問いを払拭できぬまま、帰路につき3日目が終わった。

(つづく)


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旅なんです | 08:55:23 | コメント(0)
ホイアン紀行文(2日目)
9時頃目が覚めた。
昨日は夜遅くホテルに到着し、移動で疲れていたのでよく眠れた。
眠気を覚ますように、窓の外から何か工事をしている音と、クラクションの音が聞こえてくる。
外を眺めると、南国の樹木が河川に沿って植えられており、「嗚呼、遠くへ来たんだな」という実感が段々と湧いてきた。

窓辺で感慨に耽っていると、聴き慣れた音楽と掛け声が、そんな愚生のメランコリーを討ち壊してきた。
「チャーンチャーンチャチャチャチャチャ、それでは手足を伸ばす運動から〜!」
相方が、最近日課としているラジオ体操のテーマだ。
健康志向は大いに結構だか、異国の街で目覚めた初日の朝くらい、もう少し穏やかに迎えさせて頂けないだろうか。
と思いながらも、結局第二体操まで付き合ってしまい、お陰で体もシャキシャキだ。

ほどほどに身体を動かせば、腹は減るのが人の道理。
「ベトナムの朝ご飯といえば、間違いなくバインミーであろうばいん。みー!」
という日本人的な正しい情報操作の思考に従い、日焼け止めを万全に塗り、いざバインミー屋へ向かう。
(昨日の一件以来、日焼け止めを塗る際には、極細心の注意を払っている事は言うまでもない。)

外へ出ると日差しが暑い。
しかし街路樹が沢山あるため日陰も多く、海も近いため風が吹くと心地よい。
日陰を渡りながら20分ほど歩き続けて、お店に到着。
歩道にショウケースと作業台が一体になった長方形型の屋台を出して営業している。
奥の家の中にフライパンなどが見えるので、メインの調理はそこでやって、屋台の上で具材を詰めるようだ。
バインミーは普通、牛肉や鶏肉などをサンドするが、ここのお店はベジタリアン向けで、肉の代わりにtofuskin(湯葉を重ねて厚くしたようなもの)というものや大豆ミートのハムを入れている。

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「バインミー屋の看板、手書きがいい感じ」

道を挟んで隣に広い公園があったので歩いていくと、自転車の後ろに木箱をつけたコーヒー屋さんが居る。
ベトナミーズコーヒーを注文。
普通はベトナミーズコーヒーというのはミルクと砂糖が沢山入っていて甘いのだが、ブラックを欲していたので、入れないでもらった。
ちなみにコーヒーそのものは、甘さと引き合うように、かなり濃いめである。
歩道の縁石に腰掛けて食べていると、保育園児と先生らしき人達が遊んでいる。
この光景は日本と変わらず、ほのぼのした景色で心が安らぐ。

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「キッチンカーならぬキッチンバイシクル、日本語で挨拶してくれた優しいお兄さん」

それからはひたすら街を歩いた。
取り敢えず旧市街の方へ向かい、市場を覗いてみる。
フルーツや乾物、野菜や肉などが雑多に並び、道路の真ん中に向かって競り出してきている。
東南アジア独特の甘ったるさと生臭さが入り混じったような匂いが鼻を刺激する。
肉を捌くのにまな板ではなく、段ボールを敷いて切っていたりするところなど中々豪快だ。
日本から服を余り持ってこなかったので、市場近くの服屋をふらっと覗くと、直ぐに店員のおばちゃんが電卓を持ってやってくる。
服には値札がついていないので、おそらく買う人によって値段を設定しているのだろう。
おばちゃんはこちらを日本人と見てとり、綿100%の短パンを「ニホンジンね、コンニーチワ。80万ドン(大体4000円くらい)でどうタン?パン?」と言ってきた。
日本のアジアン雑貨でもそんなにはしない筈だと思い、「私は経済振興国と呼ばれる日本国からの渡航者であり、海外を周遊する程度に若干の金銭的余裕及び時間的有余はあるものの、如何に経済振興国の民といえども、無制限に金銭があるかと云へばそんなことはなく、一小市民として、渡航前後、節制節約しながらの御国外遊となる訳であるから、別に意地悪く殊更に安くしろと言っているのではなく、あくまで常識的な感覚と判断で交渉に臨んでいる所存でいるぞん。じゃぱん。」という雰囲気を出しながら、思い切って半額で交渉した。
何回か帰りかけたり、引き止めたり、お互いの役柄を演じる値段交渉があり、結局50万ドン。
2500円ほどで購入。
「値段交渉に応じて頂き、どうもありがとう。いつの日かそなたが日本国に来られた際には、オモテナシの精神で盛大に且つ、慎ましく且つ、淑やかに且つ、たおやかにお迎え致す。くりすてる。タキガワ。」という雰囲気を出し、別れた。
歩いていると、滝が汗のように、じゃなくて汗が滝のように流れてくるので、一度ホテルに避難し、シャワーを浴びる。
血液サラサラになりたい人は、夏のベトナムはお勧めします。

日差しも弱まった夕暮れ時に、また市街地へ向かう。
ベトナム料理をヴィーガンで提供するレストランに入り、色々と頼んで食べてみる。
ホイアンにはカオラウという米麺があり、中々美味しい。
食感はうどんのような、生蒟蒻のような不思議な食感で、江戸時代に朱印船に乗ってきた日本人が持ち込んだ伊勢うどんが起源との説もあるようだ。

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「これがカオラウ、野菜や香草、四角いカリカリした揚げもの(詳細不明)が入っている」

このレストランもそうだが、飲食店で働いている人の年齢が極端に若い人達のお店がある。
進学するより、社会に出て働く未成年が多いのだろう。
店長的な立場であろう、少年の面影を残した男の子は、英語も上手で良く気が利き、スマイルも良かった。
ホイアン人は人懐っこいというらしいが本当だ。
サイゴンビールでほろ酔いながら、「もし自分がこの南国の地、ホイアンに女として生を受け、もしうら若き乙女であったならば、きっとあの店長に恋をするであろう、見たかあの純情もし。」などと想定困難なもしも話を相方に喋りちらしながらトボトボと歩きながらホテルに帰り、2日目が終わった。

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「レストラン前の通り、ランタンがキレイ、この街は毎日お祭りみたいだった」

(つづく)


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旅なんです | 10:09:26 | コメント(0)
ホイアン紀行文(1日目)
海外に行くのは4年半ぶりだ。
タイへ行ったのを最後にコロナで渡航が制限され、ようやく平常に戻った最近まではとても長かった。
地理的に島国である日本から長期に渡って外へ出られないとなると、意識的にも無意識的にもフラストレーションが少しずつ溜まっていたのかも知れない。
出入国でPCR検査の義務が撤廃されたタイミングで何処かへ行こうと決めていた。
選んだのはベトナム中部の街ホイアンだ。
以前1日だけ滞在したことがあり、その時感じたノスタルジックな街の印象が頭に残っており、ゆっくり味わいたいと思ったのだ。
旅に出掛けるとつい、色んな所へあちこち行ってみたくなるものだが、今回は一つのそう大きくない街に絞って、ゆっくりとその場所や人の息遣いを体感してみようという考えである。

出発の前日は浅草に前乗りして1泊した。
今住んでいる山梨からだと、成田空港の朝9時半のフライトには始発電車でも全然間に合わないのだ。
空港は何時でも楽しい。
早朝なので人は少ないが、行き交う人達は皆旅人で日常とは違う熱を持っているのが感じられ、自然とこちらも高揚してくる。

しかし、気分の高揚に影を落とす事案が一つだけあった。
朝ホテルを出る前に日焼け止めを腕に塗ったのだが、その際にお気に入りの麻のシャツに謝ってクリームをつけてしまったのだ。
空港でチェックインを済ませた後に洗って落とさなければならないというやや気の滅入るミッションを抱えながらの成田入りである。
スターバックスでヴィーガンサンドのようなものを口に詰め込みコーヒーで飲み込んだのも束の間、相方から化粧落とし用のちょっといい石鹸を借用し、早速レストルームへ直行した。
国際空港において気分はトイレットではなく、既にレストルームである。
普段はニールヤングに習い、モンサントを支援しているようなスタバだかバスタブだか分からないが、そんなお店には行くもんか!という気概なのであるが、直近の異常事態において、そんな事は言っていられない。
限りある時間の中で、食事と排泄とミッションと出国手続き等を一つひとつ確実に遂行しなければならないのである。
洗面台で、右半身の腹部四ヶ所ほどに飛散したクリームの跡付近を丁寧に水洗いし、相方から借用したちょっといい石鹸を泡立て、該当部分につける。
擦るのではなく、あくまでポンポンと優しく叩くように。
問いかけるように。
諭すやうに。
そして、柔らかく絞り水気を切る。

「よし、ベストは尽くしたり。」と思ったところでバックにシャツを入れ、レストルームを出て、ちょっといい石鹸を相方に返却し、出国ゲートへ向かった。
無事にゲートを通過し、後は搭乗口付近でボーディングタイムを待つばかりである。
と言いたい所だが、先ほどのシャツを日当たりの良い窓際で乾かすことを忘れてはならない。
空港の窓は大きい。
こんなに大きい窓辺で毎日シャツを乾かすことが出来たら最高であろう。
普段は騒がしい餓鬼や愚鈍な亭主を相手にストレス全開な主婦一同も、きっと気が晴れるに違いない。
搭乗ギリギリまでシャツを乾かし、いざハノイはノイバイ空港へ向けて出立した。

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「成田空港のありがたい大きい窓」

ノイバイ空港へ着いたのは、現地時間の13時頃。
日本との時差は2時間で日本時間は15時だから、フライト時間は5時間半ぐらいであった。
ここから国内線へ乗り換えて、17時半のダナン行きに乗る。

入国ゲートは他国からの便と重なって混んでいたが、無事に入国。
お昼を食べそびれたので、空港内のファーストフード店でエビバーガーを食べる。
思えばファーストフード店でバーガーを食すというのも何年ぶりだろう。
記憶にないくらい前だ。
まあ、旅に出れば多少のジャンクやノンベジも良しとしよう。
その後、カフェへ移動しフレッシュジュースなどを飲み、南国気分を上昇させるなどして悠長にくつろいでいた。
まだ時間は沢山あるのだ。
グダグダとパッションフルーツやマンゴージュースを飲み続け、時に2種類のジュースを各ストローから吸い込むなどして優雅に過ごす。

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「自称エレガントジャパニーズ&後ろでスマホをチェックするベトナム人の店員」

「さて、そろそろ良き時間である。時間に余裕のある我々日本人一行だが、そろそろ行こうか。」と会計をし、ゆっくりチェックインカウンターへ向かう。
そして搭乗便の確認をするため、電光掲示板で便名を探す。
しかし、いくら探しても便名が無い。
「おかしいな。搭乗時刻もあっているはずなのに。」
ここである気づきと共に、一抹の不安がよぎった。
ここに書いてある便の行き先は全て他国であるではないか?
よって国内線の発着便は別の場所にあるのではないか?
すぐに近くにあったインフォメーションに駆け寄り、正規ベトナム人とでもいうべき顔立ちの褐色のおねーさんにダナンに行きたい旨を訴えた。
すると「ok。あなた方はすぐに1階に降りるべきだわ。そして11と書いてあるバス停の前に行くべきだわ。そして無料のシャトルバスを待ち、来るべき時が来たならそれに乗り、ターミナル1に行くべきだわ。」と為すべき事柄を明確に告げられた。
なんと、ターミナルが違うなんて。
でも考えれば当然のことであって、成田空港でも、羽田空港でもターミナルは国内線と国際線で別れているのは当たり前ではないか!
時計に目をやるとボーディングタイムが迫っている。
すぐにバス停に向かい、数分後に来たシャトルバスに乗る。
ここから国内線ターミナルは5分程度だというが、今は1分でも惜しいくらいだ。
フレッシュジュース2種類同時飲みストロー遊びをしていた時間が悔やまれる。

焦りながらも、バスはターミナルに到着した。
急いでチェックインカウンターに行き、チケットを受け取ろうとすると、出発時間を手書きで30分ほど後に書き換えられた。
ほっとしながらも、こんなに焦ることもなかったと思う。
さらにそれから出発時間は延び続け、ようやく搭乗出来たのは3時間後で、ダナン空港についたのは22時くらいであった。

そこから空港出口でタクシーを捕まえて(というか捕まったのか)、1時間弱でホイアンの宿に到着。
遅いチェックインにも関わらず、対応してくれた中国系の血が入った若い女の人のスマイルが今日の緊張をほぐしてくれる。
長い1日目は、洗濯と移動とスマイルで終わろうとしていた。

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「ノイバイ空港→ダナン空港の夜景」

(つづく)


旅なんです | 15:08:03 | コメント(0)