2017-08-27 Sun
起床、排便、洗顔、食堂。台湾の旅におけるまったくもって健全なる朝の活動とは、このような流れである。
昨日の夜は、よく眠れなかった。
訳アリ部屋だという事は承知の上にブッキングをしたのであったが、こんなに寝苦しい夜になるとは。
夜中まで台南の血気盛んな若人たちが集うクラブ(たぶん)からの音や奇声が階下から筒抜けで、眠りについたのは明け方である。
パーティーに参加している者のいかにも今夜ははじけましょうぞ的な上ずった声を、パーティーに無関係な者が延々聞かされるなんて、赤の他人同士がやっているストリートファイター2若しくはシルバニアファミリーを用いての一週間営み劇場を延々と見るよりも5倍くらいの苦行だ。
というわけで、今朝はまったくもって健全なる朝の活動もそこそこに、なけなしの微笑を顔に湛え街に繰り出したのである。
今日も朝から日差しが強い。
右足と左足を交互に地面に着地させ前進するという人類特有の二足歩行を遂行していると、目に素食の文字が入る。
お店では4~5人の女性が忙しそうに立ち働いている。
恍惚の表情でお店の前へ吸い寄せられると、一人のおかあさんがまったくもって健全なる笑顔で迎えてくれる。
どうやらここは、並べられた20種類くらいのおかずを好きなだけとりんさい、そして麺やご飯を個別に注文し好きなだけ食べんさいや形式の食堂のようだ。
出稼ぎに行く前のおじさんやおばはんに交じりつつおかずを皿に盛り、ご飯を注文し、許可・無許可という概念もないであろう歩道上に設置されたテーブルで食べる。
これを毎日食べることが出来るとは、台南ピープルはなんとも羨ましい限りだ。

「ハーパン紳士のところで麺とかご飯をオーダー、カウンターの奥におかずのお皿がいっぱいある」

「朝から食べてもいいですか こんなにも」
まったくもって健全なる心を取り戻したところで、ホテルへ引き返しチェックアウトをする。
それから台南市街地からタクシーで15分ほどの安平(アンピン)へと向かう。
タクシーは初乗300円くらいで乗れてしまうので、炎天下の中を1時間歩くことを考えるとついつい使ってしまうのである。
安平についてはまだよく把握していなかったので、とりあえず町の有名なスポットに連れて行ってもらうように伝えた。
見た目では「台湾ムード歌謡曲愛だの恋だのてんこ盛り大全集」を愛聴していそうな初老のグラサン(ティアドロップ型)男は、エキゾチックな女性ボーカルが囁くように歌うハイセンスなエレクトロニカを車内に搭載した自らのサウンドsystemで流しながら、軽快にハンドルを握っていた。
しばらくすると、何やら人がわさわさと歩道に溢れかえっている通りの前で停車した。
「ここは、安平のオールドストリートだ。ここを歩いてぬしらのセンスを大いに磨くがよい。」と言い放ち、去っていった。
あの男のいう事だ、きっとハイセンスなストリートに違いねぇ、と確信し歩き始めた。
通りには出店が立ち並んでおり、何かの味卵(にわとり卵の3倍サイズくらい)や臭豆腐(本当に臭いのです、半径10m以内は危険区域)が売られている。

「軒先につり下げられた得体のしれないハイセンスな何か 明太子なんちゃらと書いてある」
ふらふらと店を冷やかしていると、通りのずっと先のほうから音楽が聞こえてきた。誘われるがままに歩いていくと、車いすに座ったおばはんが歌っている。
隣には伴侶とおぼしきおじさんが軽自動車に搭載したミキサーを操っている。
訴えるように、すがるように、喘ぐように歌うおばはんのそれは、まさに「台湾ムード歌謡曲愛だの恋だのてんこ盛りもり大全集」からの1曲ではあるまいか!きっとそうに違いない!!
焼きつけるような太陽の下、大音量で熱唱するねっとりどろどろ系の歌唱法は、聴くものをアスファルトもろとも溶かす。
ややめまいを起こしながらその場を去り歩いてゆくと、またしてもねっとりドロドロ歌唱法のおばはん第二号が木陰の下で歌っているではないか!
こちらはもう嗚咽まじりの声で、完全に歌中の人物に感情移入している。
すばらしい表現力だ!
大竹しのぶに勝るとも劣らないポテンシャルを秘めいていることは見るも承知、こちらもお気楽な通りすがりの風来坊気分でいることがはばかられてくる。
スピーカーの目の前にいる母親に連れられて聞きに来たらしい少年は顔面蒼白となり、おびただしい汗が額から噴出している。
しかし、歌中の人物は嗚咽するほど悲観にくれているとしたら、歌など歌っていられるのかな?といった素朴な疑問が頭をよぎった。
きっとハイセンスな男は、自分のルーツミュージックを見せてくれたに違いない。
ぬしらはこの情緒たっぷり台湾歌謡曲と、おれのハイセンスアンビエントミュージックにおける共通項を、この台南の歴史的背景あるいはアカデミックな音楽理論的解釈によって見出すことができるのかな?という挑戦状をあるいは叩きつけられたのかもしれない!
でもお腹も空いてきたし、めんどうくさそうだったので考えるのはやめた。
安平で有名な台南スイーツの豆花店で一休みする。
ここは添加物を使用せず、昔ながらの製法で作っているという。
トッピングも5種類くらいから選択でき、愚生はタピオカと小豆を選択した。
ほどよい甘みを含んだ冷たい豆腐とともに、それらが滑らかに喉を伝い胃袋に収まると、火照った体も落ち着いてきた。

「かえるのたまごじゃないよ たぴおかだよ」
気力も回復してきたところで再び外へ出て、風が良く通る木陰の下で演奏した。
ここでも鳥は上手に歌っていた。
一時間ほど演奏し、広い通りでタクシーを拾い、安平を後にし台南駅へ向かった。
台南駅からはローカル鉄道で高鐵台南駅まで行き、そこから台湾新幹線と呼ばれる高速鉄道に乗車し台北へ戻ることにした。
新幹線の所要時間は約2時間で、バスよりも倍以上早いのだ。
台南~台北間は直線距離で約270Kmくらいなので、東京から名古屋くらいであろうか、それで料金5000円弱。

「新幹線を待つまったくもって元気な人 昨日はよく眠れたようだ」
車内は日本の新幹線と変わりのない、空間であり車内販売なども行っている。
駅弁もしっかりと存在するのであるが、さすが台湾、全素(Vegan)弁当もしっかり用意されていた。

「山芋菜食弁当なり」
振動もなく快適な時間を過ごし、無事台北中央駅へ到着。
親しみが出てきたいつもの街のいつもの穴倉へ帰っていったのである。